修験と講の聖地大山

 

丹沢山系の東にそびえる大山は標高1,252メートル。当会の登山訓練には最適です。

バス停のある駐車場からお土産やがつらなる坂道を登ると、昭和4年開通のケーブルカーの駅にでます。女坂を登れば阿夫利神社下社まで30分。ケーブルカーでは7分です。

photo:素朴な信仰を感じる地蔵尊

 

道は女坂と男坂に分かれていて、ゆるやかな女坂を15分上るとケーブルカーの中間駅「不動前」につきます。国の重要文化財に指定されているくろがね不動明王像がまつってある大山寺です。
7のつく日には厨子の扉が開かれ、内裏に入ることを許されます。

photo:大山寺正面

 

下社には大山阿夫利神社の本殿が関東一円を見渡す絶景の場所にあります。本殿地下には湧水が引いてあり霊験あらたかな神水として大切に守られています。

下社の横に門があり、上に向かって急な階段が始まります。垂直に近い階段で、手すりにつかまりながらでないとこわい高さです。かつては夏の一時期以外は門を閉じられ登ることを禁止されていたそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

茶屋のご主人

1町目から28町目まで約1時間半の登りです。中間地点には築48年の茶屋があり、土日だけ店を出しています。「この茶店は私で5代目ですから150年くらいの歴史があります。」
「76歳になりますが、今日も15キロの荷物をしょいこでしょってきましたよ。この小屋は私が若いころ放火で焼けたんで、おやじと一緒にこの小屋を建て替えたんです。それからもう今年で48年になります。このテレビつきトランジスターラジオは4年前NHKの小さな旅に出たときに記念にもらったものです。」カップラーメンを注文すると、いろいろな話をしてくれました。
「荷物をしょって登るコツはなんですか?」「それはね、ゆっくり登ることにつきます。それからなるべく遠回りしても段差のすくないところを歩くこと。このしょいこは、手作りなんですがとってもしょいやすい。若いころは30キロも40キロもしょったんですよ。今はやりませんが。」
「どこに住んでるんですか?」「下のケーブルの駅の上の家です。子供たちはみんな町に出ちゃいましたから妻と二人暮らしです。ケーブルはお金かかるから歩いて登ってくるんです。」

「関東大震災のときはどうだったんですか?」「いやあ、それはそれは大変な被害でしたよ。地震の跡に、水が出て、旅館とか数十件流されましてね。この小屋の南側も崩れて、木がなぎたおされちゃって、おやじたちが植えた木が今こんなに育ちました。ケーブルの下のお土産やもだいぶ流されました。」「では女坂のあたりも」「そうです、不動前前までの間に旅館やみやげ物やが10軒はあったんでしょう。今は跡形もなくなっちゃってます。」
「ケーブルはいつごろできたんですか?」「昭和4年にできましたが、戦争がはげしくなると、金属を供出するんでなくなっちゃたんです。その後昭和40年になってそのままも線路で復活したんです。」

 

 

もう一息で頂上です

頂上で日本鹿がまっていてくれました。

 

山行は自分を見つめるいい機会

下社から山頂まで2.3キロメートルの山道です。行きかう人は、「こんなきびしいところと知っていれば来なかった」「石がごろごろしててきついよ」「途中でひきかえしたくもなります」しかしこの場を借りて修行します。、3,4歳の幼児が登っているのですからはげまされます。

 山頂の28丁目まで丁目ごとに、石碑が建っています。まがりくねった山道、階段あり、テラスあり、石の突き出た急勾配ありと、変化します。

 

 では丁目を年齢になぞらえて歩行瞑想をしていきましょう。1丁目には1歳のときの自分がみんなからどういうことをしてもらったのか、という風に思いながら登っていきます。

行きかう人との挨拶以外は、私語はしません。目に入った花や、景色はほめます。

一輪の可憐な花、それはあなたのために咲いているからです。虫や鳥の声もあなたに聞かせようとして鳴いているのです。

 

 下社の登山口が誕生です。一歳、2歳と年を重ねていきます。6丁目、6歳には小学生です。幼児のときに受けたものは生涯影響すると言われています。

 中学校、高校と進んで、思春期となります。社会に目を向き始め、人としての自覚がでてきます。驚きや感激も過去のものとなっていったのです。

 今の自分は歩いてきた道の結果です。しかし、自分の意識が変われば今の自分を変えることができるのです。過去がどうでもです。今という瞬間も過去のものとなってしまうのです。

山の登り方

履物、服装は軽快なもので、履きなれた、着慣れたものがいいでしょう。

天候が変わりやすいので、朝は早めに時間に余裕を持ってスタートします。

ビニールかっぱをもっていくのもいざというときに役に立ちます。

汗をかいた後冷えますので、タオルや、シャツも忘れないように。

山の上には、休日以外は水も自販機もありませんので、食料、飲料水は持参します。

ごみが落ちていたら、拾って、植物や、生物を傷つけないようにします。

はじめはゆっくりとスローモーションで登っていきます。息が切れるような登り方や、登っては休み、登っては休みではなく、休む必要がないきわめてゆっくりした速度でのぼります。慣れてきたらピッチを早めてもいいのですが、あせりらず、あくまでマイペースを守ります。

 

登る姿勢  胸突き八丁  腰振りながらまえかがみ 

前に体を倒しこむようにして、腰を左右にふりながら登って生きます。

まず、頭を前に倒して行き、腰が前に動いたら、足を前に出します。次第に腰、丹田がゆれてはずみ車のように、リズムが出てきます。腰が硬くてはいけません。腰が回転してのぼっていく感覚をつかみましょう。

上の方を見ながら体をまっすぐにして登るのは疲れやすいし、怪我のもと。足元を見て登りましょう。

 

降りる姿勢  膝を曲げ、腰は大振り横歩き

多くの方は登るより降りるほうがきついといいます。

前かがみはいけません。頭は後ろにたおして、登るときよりもさらに腰の左右のゆれ動きを大きく、膝はまっすぐにしないで、軽くまげたままにして降ります。膝をまっすぐにすると「膝が笑う」現象がおきてきて、歩きずらくなってきます。

着地するとき、足は横向きになるようにし、膝はまげたままにします。

 

 

 

 

大山の歴史

 

天平勝宝7年(755)奈良東大寺初代別当、華厳宗の僧良弁(ろうべん)僧正が両親のために開山。
のちに真言密教の修験道場となる。
本尊 鎌倉期の鉄造不動像(国重文)

photo:良弁を祭ってあるお堂

 

弘法大師の伝説も各所にのみられる。

 

photo:弘法大師が一夜にして爪で彫ったという石仏

 

大山の天狗  戦国時代修験道本山派の棟梁が訪れ、修験地として知られた。

 

photo:天狗が鼻を突いてあいた穴

 

修験の伝統を守り 首都圏から近い大山丹沢の自然を守り育てていきましょう

鎌倉時代 将軍達の信仰を集める。開運の神として武運長久を祈願。
「時により すぐれば民の なげきなり 八大竜王 雨やめたまえ」鎌倉三代将軍の実朝

photo:良弁僧正が滝行を行ったという良弁滝。現在も滝行をする修行者はあとをたたない。

管理している旅館に申し込めば心づけのみで滝行できます。白衣などの用意もあります。宿泊は2食つき13000円より。

 

山詣
江戸中期、大山詣でが盛んになり年間20万人にもなる。
お盆にあわせて多くの参詣客が出発した。沿道にあたる藤沢、や江ノ島には参拝客目当ての旅籠や茶店がたち、女郎も多くあったという。参詣にかこつけて、羽を伸ばすことも庶民の楽しみだったようである。青年たちが女を知る機会でもあった。
幕末には修験道は神社の参加に入り、講という組織になり先導師がとりしきるようになる。
明治初期  神仏分離により大山寺の廃寺、阿夫利神社下社となる。女坂の途中に大山寺は移転され大山不動尊となる。関東三大不動としても有名。

昭和初期まで大山講として栄えてきた。講の人々は農水産物を神社に奉納するため持参、大山豆腐が名物となった。
現在も先導師を名乗る旅館が軒を並べている。


落語「大山詣で」

昔は、山と言えば、信心からと相場が決まっていましたが、物見遊山の口実にしていたという人ありました。
長屋の男連中が、そろって大山に登ることになり、帰り酒の席になってまいります。酔いつぶれたご隠居さんの髪を、悪ふざけで剃ってしまうんですね。
朝起きて、驚いたご隠居さんは、悔しがりますが、怒ってみても仕方ありません。ご隠居さんは、一足先に江戸に戻とおかみさん連中を集めて、「金沢八景にさしっかったところで、船が転覆し、岸にたどり着けたのは自分だけ。友人の供養にと、頭をまるめた。」と泣き泣き言うので、これを聞いて、おかみさん達は、自分たちも夫の供養にと、髪を剃って尼に。

おかみさん達みんながだまされて坊主になって、騒然とした中で先達さんは「めでたい、めでたい」怒り心頭の長屋の連中は「かかぁを坊主にされて、何がめでてぇんだ」とくってかかります。すると先達は「皆さんお毛が(お怪我)なくてめでたい」

落語「富士詣り」


先達さんは「五戒を破った者は覚悟をしなさい。天狗が出てきて股をさかれたりしますよ。」
いきなり震えだしたものがいるので
「おい。どうした。言ってみなさい。」
「姦淫を犯しました。」
「ふんふん、そりゃすぐ懺悔しないといけないね。」
「湯に行って年増にあいましてね。色っぽい湯上りの女で。つい声をかけて。送ってやることに。」
「なるほどありそうなことだね。」
「家に旦那が居たんで、そのときはそのままでしたが。二、三日してまた行くと、うまいことにちょうど旦那は留守。あがってらっしゃいてんで、洗濯物やら、掃除やら、手伝って。」
「ほう、よく働いたね。」
「かみさんはね、よくやってくれたから食べてってね。と向かい合って座ってるうちにだんだんと、手をつねったり、肩をもんだりして、かみさんのほうもね、こっちの膝をつねったりしてくるんでね。」
「それは。尋常じゃないね。ところでそのいろっぽいのはどこのかみさんだ」
それが言いにくいんですが。先達さんとこの」


湧き水の豊かな大山では名水がたくさんあります。

名水を利用して作る大山豆腐の味は芸術の域。

国産大豆を使っている大山食品がおすすめ。

   中国気功のホームページ

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